サイバー黙示録 2分でわかる世界 Cyber ​​Apocalypse 2分でわかる「日清戦争」 勝利を決めた三浦海岸のホタテ貝
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2分でわかる「日清戦争」 勝利を決めた三浦海岸のホタテ貝

引用

 663年白村江の戦いの頃から、冊封体制で事大主義で、争いが絶えず、周辺国巻き込んでゴタゴタしていた朝鮮半島で、
1894年甲午農民戦争という、農民一揆が拡大した反乱が起きたお。

 そのときの閔氏(朝鮮氏族のひとつ)政権は、清に助けを求めたお。
 これを受け、日本は邦人保護の名目で朝鮮半島に出兵したお。
 清の軍が反乱は収めたけど、清と日本の軍隊がそのまま朝鮮半島で対峙してしまったお。
 イギリスが両軍撤退の調停案を出したけど、清国は「日本だけ撤兵しろ」と主張したお。
 そうこうしているうちに、朝鮮で大院君がクーデターを起こして閔氏政権を倒したお。そして日本軍に「清」を追い出してくれと頼んできたお。

大院王
大院王

 そうしたら、
 1894年8月1日
 日清戦争が起きてしまったお。

 戦争の原因について、開戦を主導した外務大臣陸奥宗光は、「本源にさかのぼれば日清両国が朝鮮における権力競争」と回想した(『蹇蹇録』)。つまり、朝鮮半島のぶんどり合いで、日本と清が戦争になったんだお。

 明治維新で軍の近代化が済んでいた日本は、時代遅れな清軍に終始圧勝だったお。

 戦争にはたくさんのお金がかかるけど、「シェル石油」の創業者であるイギリスのユダヤ人
マーカス・サミュエルという人物が、日本軍に、食糧や、石油や、兵器や、軍需物質を供給して助けてくれたお。

マーカス・サミュエル
マーカス・サミュエル(1853~1927年)

シェル


日清戦争


 戦争は日本が勝って、

 下関条約
を結んで、遼東半島をゲットしたお。

遼東半島
遼東半島

 ついでに、台湾も清からゲットしたお。

 この頃、世界ではアヘン商売が盛んだったお。
 日本が清国から台湾を割譲されて、台湾を領有するようになると、サミュエルは日本政府の求めに応じて、台湾の樟脳の開発を引き受けるかたわら、「アヘン公社」の経営して大儲けしたお。
 アヘンを禁止すると闇に潜るからといって、国営でアヘンを売りまくったんだお。
 サミュエルおじさんは、日清戦争での日本への功績で、明治天皇から「勲一等旭日大綬章」という勲章を授けられたお!

勲一等旭日大綬章
勲一等旭日大綬章

 そして、イギリスに帰国したら名士になって、1902年にユダヤ人としては5人目のロンドン市長になったお。
 彼はどうして日本びいきなのか聞かれて「中国人には表裏があるが、日本人は正直だ。日本は安定しているが、中国は腐りきっている。日本人は約束を必ず守る。中国人はいつも変節を繰り返している。したがって日本には未来があるが、中国にはない」と言っているお。



 こうして、ユダヤ人の金貸しのおかげもあり、日清戦争に勝った日本だけど、日本が大陸に進出したことが後の
日露戦争の火種になるお。。。


参考
シェルの歴史 「巨大ユダヤ財閥の起源は三浦海岸の貝がら!?」
貝 
 シェルの歴史は、ユダヤ人マーカス・サミュエル(Marcus Samuel, 1st Viscount Bearsted、 後の初代バーステッド子爵)が来日した際に横浜近郊の三浦海岸で見つけた貝があまりにも美しく、拾い集めた貝殻を持って帰国。貝殻細工の製造販売で財をなしてロンドンに開店した小さな骨董品店に始まる。カスピ海から輸入した貝殻が人気となり、利益も大きかったため、次第に事業を拡大して輸出入業へ乗り出し、世界最初の「タンカー王」となった。
 後を継いだ息子たちは、石油事業に進出し、ボルネオ島の油田開発に成功した。 これが大規模なものに成長し、1897年にシェル・トランスポート&トレーディング・カンパニーを設立した。社名は、貝殻を販売していたことと、出資者の家紋がヨーロッパホタテ(Pecten maximus、ホタテガイに近縁なホタテガイ属の1種)であったことにちなむ。




                      2分でわかる近代史(つづく)






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